21時のシンデレラボーイ

二人で見たあの星座が 見知らぬ空に傾くよ

2015年の貴方へ、そして年の瀬に思うこと

 

二宮くん

ファンになってからもう6年が経った。来年の6月で7年目。びっくりするほどの速さで周りは変わっていった筈なのに、昔のインタビューなどと今のものを比較してみても根っこの部分は何も変わってない。いくらたくさんの賞賛を浴びても彼は変わることなく、いつまでもわたしが好きな二宮君のままでいることにいつも安心する。

二宮くんを見ていると、わたしもがんばらなければ、と思う。彼の頑張りは、一生懸命がむしゃらにやるというがんばり方ではない。彼は目に見えて頑張ることは少ないように思うけれども、あれだけたくさんのこと、大きなことを淡々とこなせるだけの頑張りをしていることは間違いない。まあそれもひとえに彼の持っている才能のおかげなのかもしれないけれど、その才能を生かすも殺すも彼次第。才能を生かすのも、何もせずしてできることではないよなあと思う。わたしには二宮くんのような才能はないけれど、その努力の姿勢とかそういったものは見習いたいと思うし、彼の考え方はわたしのなかで一等大事なものだ。

二宮くん、今年も忙しかったね。わたし、今年もまた全部は追えなかった。でも、それでも、変わらず二宮くんが好きだった。『母と暮せば』鑑賞後に本屋さんで大量のテレビ誌の表紙を飾る嵐を見て「よかった、二宮くんまだいた」って思って泣くほどには、今年も二宮くんが好きだった。(重い)

来年も、二宮くんの活躍を見ていたいと思う。

 

シゲアキ先生

2015年、彼と駆け抜けた一年だった。2015年一発目のシングル、アルバム、それを引っさげたツアー、処女作映画化、朝の情報番組に起用、短編集発売、今年2枚目のシングル、初のDVDシングル、自身2作目文庫化、スピンオフ執筆……年明けにはいよいよ映画公開、短編集のドラマ化、出演もある。ドラマの主題歌含め、今年だけで何本タイアップ楽曲があったんだろうね。単発の特番も数回あって、いくつかは第二弾が決まったりして。NEWSファンはあまり活動がない、なんていわれていたのが嘘みたいなめまぐるしい日々をすごした。

今年、彼を好きになって、映画をたくさん見るようになった。普段邦画しか見ていなかったのに、今年は1本だけ洋画を見た。本を読みたいと思ったら図書館にリクエストして取り寄せてもらうのではなく、自分で買って読むようになった。聞く音楽のジャンルも少しだけ広がった。そうして中身の嗜好が少し変わったからか、服のセンスも変わった。彼を好きになってアイドルをを追うことだけではない、自分の時間の楽しみ方を知った。

シゲアキ先生を好きになってよかったと思う。

 

でもね、

今、ちょっとだけ、辛い。

 

わたしは彼がくれるものをそのまま素直に受け取りたいだけなのだ。彼の行動、発する一言一句、その類のもの全てを、理屈とかそういったものを抜きに受け取りたい。わたしは彼が見てほしいと差し出した一方向からの視点で満足だから。その部分は彼が自信を持って出してくれたものであり、その部分をわたしは信頼しているし、自分の生き方感じ方に反しない限りは多分肯定する。わざわざその裏を見たり、中身を覗いたりしようとはしなくてもいいかな、と思う。

こんなこと言ってるけど、そうする人を否定したいわけじゃない。ただわたしは、なんかもう、見るのも疲れてしまった。別に彼のことを嫌いになりたいわけじゃないのに、少し距離を置こうとまで考え始めた。好きになってから1年も経たずして。

だったらネットなんてやめちまえと言われればそのとおりである。だから実際、Twitterは辞めた。誰が悪いわけじゃなくて、情報が氾濫するネット社会の中で自分の見ている加藤シゲアキを見失ってしまいそうだったから、辞めた。みんながいいというものを、良くないと思った自分に焦りを感じた瞬間、あぁもうわたしはわたしの観点で彼を見てないと思ってしまった。

 

ただアイドルが好きなだけで、何をこんなに悩む必要があるんだろう。我ながらなんて強欲でわがままなオタクなんだと思う。 いまこうしてブログに書き綴ってるのも、 なんのためだろうと思う。 わからない。とりあえず文字にすることで気持ちの整理だけさせて欲しい。

 

アイドルを好きになって6年目、ここにきて「アイドルってわたしにとって何だろう」と毎日考えている。